徳島地方裁判所 昭和52年(わ)623号 決定 1977年12月30日
主文
右被告人らに対する本件各別件勾留中求令状についてはいずれも職権を発動しない。
理由
一、一件記録によれば次の事実が認められる。
即ち
(1) 別紙(一)の被疑事実により、昭和五二年一一月一日、被告人下元敏包(別紙(一)中共犯者欄の記載は岩川良徳、古川関信)は現行犯逮捕、被告人岩川良徳(別紙(一)中共犯者欄の記載は下元敏包、古川関信)同古川関信(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同)はそれぞれ逮捕状による逮捕、被告人南正孝(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同等)同和田孚彦(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同)同溝渕善明(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同)同川崎雅人(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同)同徳井康二(別紙(一)中共犯者欄の記載は前同)はそれぞれ緊急逮捕をされ、別紙(二)の被疑事実により、同月一四日、被告人小笠原清、同鹿草忠はそれぞれ逮捕状による逮捕をされていること、
(2) 別紙(三)の被疑事実により同月三日、被告人下元敏包(勾留場所小松島警察署)同岩川良徳(勾留場所徳島東警察署)同古川関信(前同)同南正孝(但し、別紙(三)の共犯者欄は和田孚彦)(勾留場所小松島警察署)同和田孚彦(勾留場所阿南警察署)同溝渕善明(勾留場所徳島西警察署)同川崎雅人(勾留場所阿南警察署)同徳井康二(勾留場所徳島東警察署)はそれぞれ徳島地方裁判所裁判官の勾留状により勾留され、別紙(二)の被疑事実により同月一五日被告人小笠原清(勾留場所徳島東警察署)同鹿草忠(勾留場所徳島西警察署)はそれぞれ徳島簡易裁判所裁判官の勾留状により勾留され、同月一二日に下元、岩川、古川、南、和田、溝渕、川崎、徳井は、同月二四日に小笠原、鹿草はそれぞれ勾留を延長されていること、
(3) 別紙(四)の兇器準備集合罪の公訴事実により、同月二二日に被告人下元敏包、同岩川良徳、同古川関信、同南正孝、同和田孚彦、同溝渕善明、同川崎雅人、同徳井康二は同年一二月三日被告人小笠原清、同鹿草忠はそれぞれ徳島地方検察庁検察官により徳島地方裁判所に公訴を提起されていること、
(4) 右(3)と同日付で被告人らはそれぞれ徳島地方検察庁検察官の勾留中求令状の職権発動の求めにより、徳島地方裁判所裁判官により右兇器準備集合罪の公訴事実にもとづいて勾留状が発せられ、勾留(勾留場所は被告人各人につき前同場所)されていること、
(5) 別紙(五)の殺人未遂の公訴事実により、昭和五二年一二月二三日被告人らはそれぞれ前同検察庁検察官から前同裁判所に公訴を提起され、同日付で検察官から前同裁判所裁判官に別件勾留中求令状の職権の発動の求めがあること、
(6) 前記(3)の兇器準備集合罪の第一回公判調書によれば、同年一二月二三日公判廷が開かれ、公訴事実の認否にあたって、被告人らの弁護人から検察官手持の証拠について検察官が謄写、閲覧を拒むため被疑事実の認否が出来ない旨の陳述がなされ、右事実の有無及び理由について裁判官から釈明を求められた検察官は、被告人らに対する本件兇器準備集合罪被告事件と殺人未遂被疑事件の証拠書類がほぼ共通のため、殺人未遂被疑事件についての捜査の障害がおこらないようにするため、本件被告事件についての捜査記録の謄写、閲覧を許可しませんでした、と述べていること、
(7) 被告人らについて、別紙(六)のその1ないしその10記載のとおりの供述調書が作成されている外、殺人未遂の被疑事実により被告人らはそれぞれ住居の捜索を受けており、又殺人未遂事件として司法警察職員による捜査報告書、実況見分調書が作成されていること、
(8) 被告人下元にあっては同年一二月一六日、同古川、同溝渕、同小笠原にあっては同月二〇日、同和田、同川崎にあっては同月一九日、同鹿草にあっては同月一二日にそれぞれその勾留場所から徳島刑務所に移監されていること。
二、一件記録によれば本件は暴力団小天竜組組長妹良子とその夫であり本件被害者である元同組副組長塩井武秀との離婚問題等に端を発し、塩井が右組の事務所に押しかけてくることに対して組員らが兇器を準備して昭和五二年一〇月三一日午後九時ごろから待ち構え、翌一一月一日午前一時一〇分ごろ同人が事務所に来たのに対してけん銃で射撃するなどして同人に対し加療六ヶ月を要する傷害を負わせた殺人未遂事件であり本件兇器の準備と殺人未遂は時間的、場所的接着した一連の行為であり(特に別紙(三)の勾留事実は両者が含まれた事実となっていることに注意)、その動機、目的においても共通している。
そして捜査の当初から殺人未遂被疑事件として逮捕、勾留されて取調べを受け、兇器準備集合罪で起訴後も引き続き殺人未遂罪で被告人らの取調べがなされていることが認められる(別紙(六)明白に兇器準備集合罪の被疑事実で調べられている調書は小笠原清の昭和五二年一一月二九日、三〇日、同年一二月五日、鹿草忠の同年一一月二九日、三〇日、同年一二月一日付の各調書のみである)。
また検察官も本件兇器準備集合罪それのみで公判を遂行する意思はなく、又手続上も本件殺人未遂事件と独立したものとしてあつかう意思のないことは前記一(6)に記載した通り、本件兇器準備集合罪における第一回公判期日の陳述等から推認するに難くない。
三、以上の事実を総合して考察すると検察官は本件兇器準備集合罪を、殺人未遂の勾留期間を越えて被告人らを殺人未遂被疑事件で取り調べるため、殺人未遂の勾留期間の満了時近くに一旦経過的な兇器準備集合罪で公訴を提起し、勾留中求令状を得てそれによる被告人らの身柄拘束状態を利用して引続き殺人未遂事件の取調べをしたと認定せざるを得ない。
四、このように当初から殺人未遂罪で逮捕勾留(勾留期間の延長もされている)し、その期間内に公訴提起をすることなく、さりとて身柄の釈放をすることもなく、さらに殺人未遂罪の捜査を継続するため、とりあえず、独立して公訴を維持する意思のない殺人未遂に至った経過的な兇器準備集合罪で公訴を提起して求令状により身柄を確保し、その身柄拘束を利用して本命の殺人未遂罪の取調べを継続するという検察官の本件被告人らの殺人未遂事件の取調べには憲法、刑事訴訟法に規定された令状主義をせん脱した重大な違法性の疑いがあるのみならず、殺人未遂罪の起訴に至ったからといって、別件勾留中求令状に裁判所に対して職権の発動を促す効力が有されているかは疑わしいといわざるを得ない。
されば、被告人の身柄の確保如何は公判裁判所の職責に待ち、直ちに別件勾留中求令状という形で殺人未遂罪による勾留を再び開始することは相当でないものと思料する。
よって主文のとおり決定する。
(裁判官 生田暉雄)
<以下省略>